以前、傾聴型のカウンセリングに関する勉強で得た知識の中で、ちょっとびっくりしたものが印象的だったものがありまして。
それが「人の言っていた言葉を言い換えてしまうと、相手にとっての反感を買う」
モヤッとするものがあるということですね。今回はそのお話です。
言葉が変われば違う意味になる
ニュアンスは違う
言葉って、辞書で出てくるような意味はあるけれども、人によってそれぞれ意味やニュアンスは結構違ったりしますね。
特に日本語は同じ意味でも、言葉としては非常に多く…複数存在していたりします。
類語辞典なんかで調べると、こんなにいっぱい似たような意味の言葉があるのかっていうくらいたくさん出てくる。
それでいて、それぞれの言葉にとってそれとなくニュアンスは違うと。
それら多くの言葉を、人はそれぞれ自分にとってしっくり来るものを無意識でも、意識的でも選んで話しています。
人によって脳内辞書・言葉の意味は違う
例1:連想ゲーム
例えばですけど、一つの言葉を別の言葉で言い換えてみるって言うのはなかなか面白い遊び。人によって違う言葉が出てくるはずなんですよね。
連想ゲームがとてもわかりやすい例で。
「バナナといったら黄色」
黄色じゃなくて「果物」っていう人もいるし、
「栄養価が高い」と言う人もいるかもしれない。
それぞれその一つの言葉に対しての意味や印象って人によってそれぞれ違うものを抱いている。
例2:友達=対等?
「友達」という言葉を思い浮かべた時に、「友達ってどういうものだろう」とそれを言語化してみる。
・代えがたいもの。
・損得のない関係である。etc…
他にも、
・知り合ったら、もう知人とかいうクッションもなくみんな友達だって思う
・自分にとって親しく何でも話せる限定的な相手
その範囲さえも違う。
もし「友達」を「対等」だという言葉で表現した場合でも、その意味は人によって違うかもしれない。
損得? 立場?
…では、立場だとして。
そう考えた時に上司と部下の関係である人は友達になれるのか?
・少なくとも上司部下の関係である間は友達じゃない
・会社辞めたり、離れてからは友達として付き合うことはできる
などなど。
言葉自体は同じであっても、そこに込められた意味や考え方は本当に違ったりする。
しかしここまで確認しながらだと、もうスムーズな会話にならない。
ポンコツAIに言葉を教えながらのよう。
また、そこまで意識なんてせずに、無意識が自動的に言葉の意味を補いながら聞いて、受け答えをしているのが自然な流れでしょうか。
言葉を言い換えることで、伝わらなかったという残念な気持ちになることがある
実際に相手の話をよく聞いたり、相槌を打ちながら引き出していくタイプの傾聴の中で教わったコツのひとつとして、
相手の言った言葉を反復する際に、違う言葉で言い換えてしまうと「伝わらなかった」という気持ちになってしまうことがある。
意味やニュアンスが違うという話をしましたが、それだけ多様であるならば、相手に寄り添う時には相槌のようにそのまま繰り返してみる。
だから、言葉を反復する時には、同じ言葉をそのまま使った方がいいという話でした。
少し話は変わりますが、相手の話を聞くって、それだけでかなりの価値を相手に感じてもらえることのようです。
相手の話をちゃんと聞き、相槌を打っているだけで恋愛フラグが立ったなんて話もちょこちょこ聞いたことがあります。
逆を言うと、それくらいしっかり自分の思いを聞いてもらえる機会が少ないことの裏返しでもありますね。
ニュアンスの確認で仕事のミスは減らせる
逆に言葉を言い換えた場合には、お互いに感じていた意味の違いを知ることもあると思います。
そこで感じる人の認識の違いそれ自体面白いものがあります。
仕事に関連したデザインあるある話で、「かっこいい感じ」って言われても、クライアントとデザイナーでは全然違うものを考えていたというのは非常によくある。
その「かっこいい」とはどういう意味なのか?をすり合わせや確認するのが非常に大事になってきます。
言い換える時はこういうニュアンス?と確認を取ってみる。
はっきりと言語化できるタイプの方じゃなくても
(デザインを任せる場合、想像できないから頼んでいるんだ系が一定数いるように)
それでも、「なんとなく違う」とか「それはそういう意味だ」とかそういう答えは返ってくるんじゃないかなと。
そうすればより深く互いを理解したり、正しく意味が伝わったりする結果になる。
きっかけとしては傾聴のそのカウンセリング路線での得た知識ではありますが。
先ほど言ったような仕事の確認の意味でも、ニュアンスの確認はしっかりやっていくと認識の違いによるミスが起きにくくなっておすすめです。
おわりに:言葉と、人の感じ方の多様さを感じ取ることができる
本当にささやかなことではあるのですけど、言葉自体に実はものすごくいろんな単語や意味が存在している。そして、それでもなお表現しきれぬ人の感じ方の多様さに面白いものがあります。
無意識であったとしても、その人が選んだ言葉にはその人なりの感じ方や思いが含まれている…。
時々そこに思い至ると、ちょこっと穏やかな心地で会話ができたりします。