どっちでもよしとすると案外やらないで済む
「やっちゃダメ」と言われるとやりたくなる。
「宿題をやりなさい」と言われるとやりたくなくなる。
なぜこうも人と心はあまのじゃくなのかと、面白いなと思いますね。
欲求に自分自身のテンションがコントロールできない時はもどかしさを感じます。
本当は体質を考えてダイエットしないとまずいなあと思っているのに、今めちゃくちゃ食べてしまう…なんとかしないとなといった反する気持ちを抱くわけですね。
こうした時には、禁止するよりも「やらなくてもどっちでもいい」くらいの気持ちがヒントだったりする。今回はそんなお話です。
してもいいし、しなくてもいい
「どっちでもいい」としてみると、あんなにやめられないとまらないだったのに
あっさりと「やらなくてもいいかな」という気になったりするのは不思議なものです。
甘いものを食べちゃいけないって思っているとすごく食べたくなる。
「でもまぁ…たまには別に食べてもいいよ」て風に思っている時の方が却って食べない。
甘いものが売ってるスーパーやコンビニに来たとしても、
まあ別の機会に買って食べればいいかとできたりしちゃうわけですね。
変に圧をかけない方が良かったりする。
自然と手放せる状態になっていたりするわけですね。
何かを辞めたいなら、禁止にはしないこと
何かをやめたいことがあったりするならば、それを「禁止!」と堅苦しく思わない事が一つコツになってくると思います。
ダメって思うとやりたくなってしまうのなら。
「やっちゃいけない!」と思うよりも、
「まぁこれがなくても大丈夫ですよー」って思った方が素敵で気楽。
依存は一気に1日にしてなるものではない。
ずっとしばらく続けてて、これがないと…という状態になっている。
なら、やめるときも一気に止めようとはしなくても大丈夫。
禁止してしまっていることで逆に自分が辛くなってしまってと思うのであれば、少しずつ止める形にしても大丈夫。
毎日お酒を飲んでいたけど、3日に1度になったなら、それはすごい進歩です。
適切な距離で付き合うという意味でも、頻度を減らすのはひとつおすすめです。
罪悪感は抱かないようにする
例え手を出す時があったたとしても、罪悪感は抱かない。これも一つ大事なこと。
「今日はこれを食べるぞ!」「不健康上等!」といった具合によしとする。
今日はこれをやるんだと決めると、あえて悪徳(だと思っていること)をやる自分にも清々しいものを感じてスッキリするものです。
おわりに
叱るよりも褒めて伸ばすを自分にやっていくといいのかもしれません。
意思の強さは別として、禁止してうまくいかないのならば、やってもいいよで少しずつ変えていく。
じっくり楽に進められる方法も選べます。