数と質に関する、さまざまな考え方と付き合い方

ライフハック

数を数を作ること、質を高めること。時にはどちらの方がいいのか、というかうまいこと両立したいと作品の制作などで悩むことがある。
もっと早く手を動かしたい。もっといっぱい作品を作りたい。もっといい作品にしたい。じっくり時間をかけて書き込みたい…。
結局どっちがいいのかは、その時その時、その人それぞれにはなるけれど、今回はそんな数と質をめぐるの考え方いろいろのお話です。

数と質に関する、さまざまな考え方

数多く案を出すことが質につながる

まずは、数を出すことが質に繋がっていくという考え方。
これはある実験結果で、2つのクラスに課題を出す際のこと。
片方は「1案よいものを提出する」、もう片方に「複数案提出する」ように指示を出した。
そのように指示を出した結果、たくさん案を出すようにと指示したクラスの方が提出率が高く、なおかつ質も良かったという結果があるそうです。

・数こなすうちに慣れてきた
・たくさん案を出すことで、1つに固執せずに柔軟なものができた
・1つの案をすごくいいものを作らなければいけないという完璧主義な考え方に陥ってしまって、手が止まってしまった
・数出す内に正解と失敗を見極めることができた

数をやるうちに質もついてくるという、考え方のひとつになるかもしれませんね。

質を意識しないと、こなれて出せる実力が落ちていく

逆に次は質の重視の考え方。
これはこなれていって、手の抜き所を理解してきたという部分もあるかもしれませんが。

・自分の実力以上の110%のものを目指して作っていくと、その10%が成長としてだんだん増えていく。

・逆に自分の実力の90%で作っていくと、だんだんその自分の上限が90%でになってしまって、徐々に衰えていってしまう。

そういった考え方もあります。
質を高めていくならば、より上のものを目指していく。常に全力。
質の良いものをしっかり手がけていくのが大事という考え方になります。

数やればある程度質はついてくる

慣れや学習による成長があります。
数をやっていくうちに、コツを掴んで質が伴ってゆく。

だんだん慣れていくと、気楽に、難しく考えずにどんどんできるようになってきます。ちょっとずつ心の余裕も増えてくる。
その分の余裕で、より質を高めたり、ちょっと難しいこともチャレンジできるようになってくる。
キャパが増えてきたわけですね。

一方で、ちゃんと問題意識を持ってやらないと成長に繋がりにくいとする方もいます。
そこはケースバイケースだと思います。
考え方は取捨選択、負担になるアドバイスなら、一端脇においておくのもアリです。

それぞれのタイプの良さと向き合い方

全力でこだわる・手が抜けないタイプの人

必然的に質重視

質重視の人は何事にも手を抜けない、全力でやる。
効率の悪さがあるのはわかっているんだけど、コツコツそういったタイプの人は必然的に質を重視していく形になる。

だから時に、数を求められる案件だと苦しくなったりすることもある。
けれど、時間がかかってもいいもの作っていくというその姿勢は間違いなく素晴らしいものです。

時間がかかることをどう受け入れるか

質にこだわる分、早くたくさんできないことを気にしてしまうことはあるかもしれないけれど、あまり罪悪感を抱かないほうがいいなぁとは思います。

あるいは、一連の作業の中で「創造性のある部分には時間をかけて」、「作業っぽいことは手早くやる」
あまり質が影響しない部分を見極めて、工夫を入れていくとよさそうです。

苦しくなりすぎない程度に

手が抜けない性分の人は、それが自分で望んでやっていること…クリエイティブだとか、仕事に誇りを持っているのであればそれは意味のある苦しみと呼べるかもしれません。
しかし、それがどんな現場であっても適用される場合だと、ちょっと苦しくなってしまうことがある。

質を上げていくっていうのは、自分の中にある100%を更に110%に上げていこうとしている行為。
その10%上がる部分は、今の自分では見えていない不確かな領域です。
未知の部分に対して取り組むのって、ものすごいエネルギーを使うことだと思います。

だからこそ、どんな場でも全力スイッチになってしまった時に「自分にとって賭ける価値のあるものに対して全力」ならステキです。
けれど、そうじゃないものに対しても全力で行っても、そこにリターンや感謝や発見がなかったりすると、疲れちゃったりするかもしれない。
自分が何を愛するかをはっきり見極めてるといいのかなと思います。

数と質を多少コントロールできるタイプの人

自分の中の優先度を明確にする

ある程度自分のやることに対して、根を詰めすぎず、ほどほどな調整ができる人の場合。
力を入れるところと、そうじゃないところのを優先度を明確にしている。

自分にとっての大事なことはしっかりやる。
ほどほどでいいことはほどほどでやる。

そういう区別がはっきりしているとそれぞれのちょうどいい具合の力の掛け方ができる。

時には70点狙いでもいい

ある意味、1歩も進まない完璧主義者防止にもなる。
70点狙いもいいのではないかという場合もある。

内容にもよりますが、このレベルの仕上がりを目指すという明確な完成形が見えていればいいのだけど、そういうものばかりではない。

例えば、ラフを提出するような段階で、かなりしっかり書いてしまうとリテイクを食らった時にはダメージを食らいます。
わかりやすくする必要はあるんだけど、かけた労力が無駄になったりすることもある。
また、判断する人にとっての基準はクオリティばかりではなく、テイストや好みも入ってきます。

なので、段階によっては70点狙いでもいい時はある。
それでOKがきたら、残りを詰めて100点に持って行く考え方も時にはアリですね。

あるいは、元々自分がやろうとしている100%っていうのは、相手にとっての150%だったりするかもしれない。
さらっとしたテイストがお望みかもしれない。

それだけ高まったクオリティは良いサービスであるのは間違いないのだけど、やっぱり報酬に対してのクオリティのバランスはあると思います。
ほどほどの報酬なのに、クオリティ高いもの出すっていうのは、ちょっと消耗しちゃいそうですし。業種全体にとってよいことだとは言い切れないところもある。
報酬に関しては本人が納得していればそれでいいのだけど、高かろうと安かろうと心のどこかで納得していないのにいいことにしちゃうと結局その後でモヤモヤが残ってしまう。

質に対する罪悪感を抱かない

あえてほどほどのものも作ったり出したりできるタイプの人は、質に対しての罪悪感を抱くことがあるかもしれません。

本当はもっとこんなもんじゃない。全力を出せだけど、あえてそうしない。
それが理由あってのことだとしても。
自分で決めていても、時にはちょっと罪悪感を抱いちゃったりすることはある。

常に100%でやれるのは素晴らしいことだけど、自分にとっての大切なものって違ったりする。
趣味、仕事、交流などなど、それぞれかけたいパワーバランスは別だったりする。
自分にとっての全力投球が、相手にとって重かったりすることだってあるかもしれない。

相手にとってどう受け止められるかは自分の思う通りとは一致しないもの。
自分自身に対してさえも、案外ほどほどの温度がちょうどよかったりすることもある。

なので、ほどほどの時でもあまり罪悪感を抱かないようにしたほうが気持ちが楽になれていいですね。

おわりに

数と質に対して、どのように活動するか、どういう性分かは色々な考え方がなあるなと思います。
そして実際に、その時その時でどうするかっていうのもケースバイケース。
どの考え方やアドバイスが正解でぴったりに感じるかは本当に人それぞれだと思うけど、罪悪感を抱かないっていうのは共通して持っておいた方がいいなとは思います。




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