瞑想に失敗はない

瞑想

瞑想しはじめたばかりの方からは「雑念が出てしまった」という言葉をよく聞きます。
「本当にこれでできているんだろうか」と疑問を抱く時や、
だいたい雑念が出てきてしまって集中できなかったなどの話を聞くことが多いです。
そこを不安に思うのもわかります。かく言う私自身も瞑想を習慣としてきて、通った道です。

けど、実は瞑想ってどんな風になっていても失敗というものはない。
それがわかると、より安心して日々やっていくことができるのではないかなと思います。
どんな瞑想でも失敗はない、それはどういうことなのかというのが今回のお話です。

どんな瞑想になっても失敗はない

失敗だったのかなと思うときは、集中できなかった系の話がまず多いです。

【例】
・集中できなかった・入れなかった
・雑念が出る
・眠ってしまった

瞑想の教えの種類もいろいろですが、ここでは手法にとらわれずに描くいていきます。

・ただ呼吸にだけ意識を向ける
・自分の体の感覚だけ感じ取る
・最初にマントラを唱えて、後は手放す

集中していない時間には、瞑想の効果が発揮されていないのではないかと思ってしまっているから、そのように考えてしまったりする。
あるいは、そもそも瞑想に「成功・失敗があるもの」だと思っているかですね。

瞑想の時間そのものが意味がある

瞑想で起きることは「反応」です。
反射的なもの。自分の意思でコントロールするものではない。
静かな時も、集中できる時も、何か雑念がすごく出る時も、心地よくできる時も色々ある。

また、眠ってしまったように感じていても、実は本当に眠っているわけではない場合もあります。
意識がないだけで、眠っているとはまたちょっと違う状態だったりするんです。起きた時の感覚が目覚めとは違っていたりする。
瞑想中に眠ってしまったような状態だと感じていても。その間にとても身体の休息になっている。
そういう意味でも決して無駄ではないと言えます。

集中できてないと思う理由として、ザワザワ感もあるかもしれません。
なんだかざわざわする。
私はよく瞑想中に、ザワザワした感覚が泡のように浮かび上がってきて抜けていく感じがしていました。そういう時はちょっと落ち着けていなかった。でも失敗ではないのです。

ザワザワ感はスーパーお掃除タイム

よく、潜在意識の例えに氷山が出ることがありますが。
氷の塊が水面から見えるのは、ごく一部、表面的な顕在意識。
水の中の残りの8割以上の潜在意識は沈んでいて見えない。
表面では見えない、潜在意識の話をするときに非常によく出てくる例えですね。

瞑想の効果の一つとして。
今までにいろいろ経験してきた様々な価値観や傷や経験が、水中の氷山に溜まっているイメージです。
それを浮かび上がらせることができる。

これは「カルマの解消」なんて呼び方をしたりもします。
ザワザワしている時は、手放すものが浮かび上がってきた時だという捉え方があります。
つまり、そのぶん掃除が進んでいるということで、めちゃくちゃグッドなわけですね。

穏やかに入れた時はその時で、純粋に穏やかな時間を感じ取れたというので意義深い時間を取ることはできた。
そうしている間、心身ともに大きな休息になっています。
たっぷりエネルギーチャージですね。

どうなってもOKという気持ち

失敗かどうかを不安になる必要はなく、どうなっても大丈夫なのだという気持ち。
細かいことは気にならなくなります。大丈夫なんだと。心配する必要もない。
どんな変化が起きても、自分にとってそれは良い変化。

瞑想のひとついいところとしては、瞑想中のザワザワ感が何かを掃除をしていたとして、それが何だったのか意識して辛いこと思い出さなくても大丈夫だということ。
知りたい人もいるかもしれませんが!

失敗はないから大丈夫。
そもそも、テストの点で測れるような成功・失敗のあるようなものではありません。

安心して浄化を進めていこう

自分のために何もしない穏やかな時間を作ってあげる。
瞑想をしない人にとってちょっとびっくりする話かもしれませんが、本当に何もしない時間を作ってあげるというのは自分にとってとても大きなご褒美になったりもする。
その時間自体に価値があるという観点もあります。
安心して浄化を進めていたらいいかなと思いますよ。

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