ゲームでしたいことと、セオリーの強いことの違い

ゲーム

ゲームは好きで自分のために遊んでいる、趣味のはずだけど、何かと比べて苦しくなることも時々はある。
今は便利な攻略方法があったり、他の人のプレイがとても見やすくなっている…そのぶん、他の人と比べてちょっと落ち込みがちだったり、窮屈に感じてしまったりする時もあるのではないかと思ったりします。

自分がやりたいプレイとセオリーとして強いことが別。
周りはこうやってる人が多いのだけど…? と気になってきてしまう。
そういう事ってあるのかもしれない。今回はそんなお話です。

セオリーの同調圧力

ネットの発展してない頃どうやって攻略してたっけ??

今はどんなゲームでも、大体Wikiがあったり、攻略記事があったりする。
ツイッターを見れば、遊んでいる人は他にもいるから、むしろネタバレを回避するのに苦労するくらいかもしれません。
googleのサジェストでボスの名前出てきちゃったりとかする。
「〇〇 倒し方」とか出てきて、「あっ、こいつ敵だったのか…」となる。

そして逆に思ったりします。
ネットが発展していない頃、どうやって攻略してたっけ? とも。

これは世代によって多少差はあるのかもしれません。
ドラクエやファミコンの頃は遊んでいた方にとっては、近所の友達が遊んでるかいないかの世界。
攻略のヒントも、当時の攻略本は結構クリアまで書いてくれていなくて、クソゲー!と言いたくなりながら、それでも粘り強く攻略したりなんだりしていたかもしれない。

ある程度PlayStationなどの頃になってくると、解体新書いう設定資料集的な情報量の多いタイプの攻略本も出てきて、クリアまでしっかりサポートされるようになったように思います。

また、この頃になるとゲームしてた子供たちが育ち、ゲーム好きの友達が身近に数人いたりするようになってくる。
それでも自分の遊んでいるゲームがちょっとマイナーだと、一人で深めるばかりで共有して話したりっていうのは簡単ではなかったでしょうか。

正解が一発でわかる時代

そして今や、攻略情報が非常にわかりやすく、もう検索すれば一発で出てくる時代になりました。
アプリでも、マイナーでも何かしらは出てくる。すごい。便利。

そうこれはゲームの攻略に限らず、どんなことであっても調べれば何でも出てくる時代。
「ググれ」という言葉さえも今更言われないくらい当然になりました。
他人に訊く前に先に検索をするのは当然。そういう時代ですね。
初期のドラクエ時代を思えば、かなり様変わりをしているのではないかと思います。

正解とはちょっと言い方は変わるけど、セオリーがはっきりしている。
このキャラ・攻略法を使うのが一番手っ取り早い、強い戦法みたいなのがもう明らかになっているというところでしょうか。
とにかく効率の良さ・悪さを含めても楽しめるのがゲームであるならば、今の情報伝達が迅速な時代では、本当に効率が良くなってしまったと言えるかもしれません。

SNSでの界隈の流れに同調してしまう

もう一つ、セオリーや正解とは別に、同調圧力のようなものもあると思います。

SNSで簡単に同じ趣味やゲームが好きな人のとつながることができるようになった。
決して強制されているわけではないのだけど、その界隈でよくある攻略法や育成の仕方、その妙な儀礼みたいなものに何か同調してしまうというか、そうするのが当たり前みたいな空気があったりする。
初心者と名乗りつつ全然初心者じゃないムーブだったり、色々界隈の特有のルールみたいなのがあったりするんですね。
もちろんその場それぞれ違いはあると思います。

正直そういうのを見ていて、だんだん見慣れてくると、地味に頭おかしいことやってるんだけど、全然なんか慣れてきてしまうというか目が慣れてきてしまう。
それで、自分もそうしてしまう…みたいな事ってあったりすると思うんですね。

そういう時なんか、純粋な楽しみだった頃より、ちょっと数%濁るような何かを感じちゃったりするのかなと思ったりはします。

遊び方それぞれ、かつ、快適に

でも効率の良さやセオリーは気になりがち

本来ゲームって自分の好きなように遊んでいいはずのもの。

でも繰り返しになるけれどそういう攻略法やセオリーが明らかになったし、何よりゲームで遊んでいた子供達は大人になって、自分の時間の使い方というのを結構ちゃんとして考えてる人が増えたように思う。
だから効率の良さやセオリーなどはどうしても気になってしまうと。

それを踏まえて、詰まった時に正解を探すというよりは、ある程度の正解を見た上でその上に自分の固有の遊び方を乗せるような…基礎を積み上げた上に個性を乗せるような頭のいいプレイをしているなという印象があります。
ゲームの遊び方ひとつでもなんだか賢い。

対処法:「私はこういう方針です」と前書きする気持ち

先にスタンスは明示しておくのもいい

あまりセオリーを気にしすぎていたり、
同じ趣味の界隈の人たちの同調圧力や空気に馴染めなかったり、
そういう時にちょっと楽しくない気持ちになってきてしまったなぁ。
でも好きなんだよな。
どうしたらいいかなーという時の対処法について。

ゲームは人それぞれ楽しむものだという前提は、あえて言葉にせずともうっすら誰もが心には抱いている。

なので、先に「私はこういう方針で遊んでいる」って事前に言ってしまうのもひとついいのではないかと思う。
これはゲーム実況動画などの最初の注意書きのようなもので、事前にこういう方針であると明確にする。

例えば、
・(対戦型のゲームの実況などにおいて)エンジョイ勢である/ガチ勢である
・アドバイスのコメントは歓迎する
・アドバイスなどは不要である

といった自分のスタンスを明確にしておくと、動画を見る側にとっても、投稿してコメントを受け取る側にとってもある程度快適になると思います。

ここで望んでいないと言っているのに、あえてそれを言ってくるって言うのは…まぁ日本語を読めていない人ということになるので、言語が通じないならなんかもうウンババウバッホラオラオハー。それはもうスルーでいいかなと。

同キャラの扱いについてもいろいろだ

ソシャゲなどで起こる、キャラ被りに対しても扱いに個人差があるところに感じます。

基本一人だけで、かぶった時点で自動的に合体されるシステムもありますが、同じキャラクターを複数体キープできるタイプのゲームの場合もある。

そこで同キャラを使うか・使わないかって結構好みによって差が出ると思うんですよね。

・同じ人物が自分の見ている世界に何人もいるのがちょっと嫌だって言う人もいるし、
・性能的にこのキャラは有能だから何人いてもいいっていう人もいるし、
・単純に自分の好きなキャラがいっぱいいたら嬉しいって人もいる。

ちなみに私は複数体確保せずに1人1体のみが好きな方です。

具体的な例だと、「刀剣乱舞」において、同じ刀剣男子が出てきても自動的に合成されないので二振り目は二振り目としてキープされるわけでして。
それを「集合・連結」という形で合成みたいなことはできるのですけど、そのまま二振り目をどう扱うかっていうのは、もう人によって差が出る部分です。

・一振りだけの方がいいって人もいるし、
・修行後で見た目や性格が結構変わるので、二振りはキープするっていう人もいるし、
・いっそ好きだから何振りもいっぱい揃えてる人もいるわけで。

そういう違いはありますよね。

そこでSNSで自分とは違うスタンスの集団が楽しそうにしてるからって引きずられちゃうと、自分の遊びとしては、何割か楽しくない部分が出てきちゃうかもしれない。
違いも飲み込む強さや、それもまた経験とするなら全然OKではありますが!

それぞれ違うけど、
「あなたはそういう遊びをしているけれど、私はこういう遊びをする」

同じものを遊んでいるけど、違うものを見ている。

それぞれの好きな気持ちは尊重するけど、共感できないスタイルも時にはあるので、適度に距離を保って過ごしましょうねぐらいの感覚でもいい。

そういう距離感みたいなものをある程度決めておけると、周りを気にするタイプの人は自分も快適に過ごせるのかもしれない。

とんでもない遊び方を知ると、もっと自由でいいんだと思える

世界は広いので、たまにとんでもない遊び方をする人がいる。

めちゃくちゃ非効率なんだけど、周回プレイをして同じアイテムやキャラを何回も集めているとか。
パーティーの枠は3つが限界なのにすでに5つ入手しているみたいな。

何故そんなことをしてしまっているんですかみたいな人っていうのもたまにいますね。
褒めたくなる馬鹿なプレイというか。(もちろん褒め言葉ですよ!)

真似はできないし、するつもりもないけど、なんかこう突き抜けてて褒めたくなるような遊び方っていうのも一定数存在する。
スーパープレイとかそういうレベルじゃなくても、なんか妙なこだわりというか、そういうのを貫く人っていうのも中にはいる。

そういうのを知ってみると、「もっと自由でいいんだな」って思えたりするんじゃないかなと思いますね。
たまにはそういうのを見てみると、衝撃と共に、壁を取り払って自由の風を吹かせてもらえます。

おわりに

良くも悪くも熱中したり、真面目だったり、セオリーや正解がハッキリしていたり、界隈の空気に一定のルールを感じちゃうと忘れがちになります。

・したいときに、したいように
・遊びたい時に遊びたいだけ
・交流したい時に話せるだけ

遊びのことで他人のことなんか気にしてたくない時もある。
苦さが強くなって、離れるかどうかという判断をするよりも、
どこまで自分の遊びとしての純粋さを保つかは自分で設定する必要があるのかもしれない。

良くも悪くも情報速度が速く、調べれば即座に開く窓が手元にある。
他を知ることで得られる大きな発見や面白さもある。
自分だけの遊び方や深め方もある。

どれくらいが自分にとって一番楽しくなるか、それもまたその時々で違うのかもしれない。
その時その時の心ゆくままに決めて、選んで楽しい時間を多く過ごしたいですね。




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