食事のバランスと自分軸、好奇心と広告

セルフケア

食事とはお腹で食べているばかりとはまた違う、そんな食事にまつわる心境の記事。今回はバランスと、好奇心と外部情報のお話です。

バランスと抑圧

自然界の法則にはバランスというものがあります。
いいものを食べて健康になろうと思って、菓子パン、肉類、ジャンクフードやファーストフードなど、そういったものを避けているとする。

大事なのはその際の心境として、
「たまには食べてもいいし、ジャンクなものも存在してていいけど、私は健康的なものを選ぶよ!」
ならOKですが、
「ああいうのは食べたらよくない!!」
禁止になってしまうと、心に圧がかかって知らず知らずのうちに辛くなってしまうのです。

たとえ自分が食べたいと思っていなかったとしても、食べている人に対して「うわー」って思ったりするようになったりもする。
これは勝手に他人のことをジャッジしている状態です。

それってちょっと、フラットではない。
自分がいいなと思っていることをやっているのだけど、そういう風に思ってしまうのってちょっと自然な状態ではないです。

コツとしては「拒絶・禁止ではなく、容認・許可」がキーワードになってきます。

思っているだけならまだいいですけど、それを口に出してしまったら、相手に心苦しい窮屈な思いをさせてしまうことにも繋がる。
それもそれでちょっともったいない話です。

興味と好奇心

食事の楽しみ方として「好奇心を満たす」っていう面もあると思います。
主食であり中心軸となる食べ物はありつつ、時には自分の知らない・食べたことないものを食べてみる。
そうすることで好奇心を満たす。
外食に行く時の楽しみのひとつですね。味以外にも環境も含めて楽しめる場です。
結構意識してそういう食べ方をするのが楽しかったりするものです。

そしてあえて目新しい何かを探そうとしなくても、自然と広告というものが目に入ってくるので、
「次はどれにしよう?」と考える隙すらないほどです。

SNS映え・当たり前に広告が多い

広告については本当に自然に目につくものです。
そりゃあ広告なのでと言われればそう。本当にそう。
SNSなどでも食べ物の広告が非常に多くされていますし、関心を持った人がリツイートして新商品情報が広まっていくので嫌でも目に入る。
だから自然と見ていて欲しくなるのが当たり前になっている。
再三広告なんだからそりゃそうなんだろうというわけですが、そうなんですけど、改めてそのことを自覚してもいいのかもしれない。

このような話題になった理由として、このブログを書いている人はブラウザの表示などをいろいろとカスタマイズしています。普段見るSNSには広告表示がほぼないに近い状態です。
逆にデフォルトの環境で見た時に、あまりにも広告が多くて逆にびっくりできたという次第です。

もちろん、ただすごくたくさんだなと驚いたいう話であって、一概に悪などと言うつもりはありません。
こういった新商品は好奇心を満たす、日常のちょっとした楽しみになってくれます。
今日の帰りはアレを買って帰ろう~と目的を持って寄り道するのは楽しいものですね。

自分軸で選ぶ

ただ、ここでもやっぱり自分で選択できるのが本当に大事なんだなとは思います。
自分主動であればいい。振り回されて買っちゃうということがなければいい。

安売り自体は悪くないけど、お安くなってるからってつい欲しくないものまで買っちゃうというあるあるに近い。
外部からの情報との付き合い方のバランスにおいても、結局自分の意思やしたいことを選べたらいい。
自分軸という言葉は今はもう当然に使われていると思いますが、そこでの判断基準を忘れない。
これはどんなことでもそうなのかなと思います。

食欲って理性的な判断とはまた別の領域で、勝手にお腹が空いたりするものなので、つい欲求任せにしてしまうこともあるのですが。
自分にとってベストな形で(それは人によって本当に異なる)おいしく暮らす上でも、あくまで主導権は自分にあるという感覚は忘れないようにしたいものです。

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