片づけと断捨離・実際にやってみた結果とメリット

片づけ・断捨離

片づけは生活に密着するものであり、断捨離なども提唱されてからかなり年数が経っているので実際にやってみた人や知っている人は多いと思います。
他人の経験や良かった点を知って、より自分も進めていきたいモチベーションを上げるもよし。こういうメリットがあるならやってみようかなと思い腰を上げてみるもよし。
各々のよりよい生活の為にちょっと後押しできるような情報記事になっていれば幸いです。

片づけに関するスペック

片づけ自体は好き。モノも多くはない

まずこれを書いている人の片付けに対する印象や取り組みについて。

基本的に片付けは好きです。
あまりごちゃついているのは好きではなく、所有欲がそんなに強くないので物品自体もあまり所有してはいません。
好きなゲームやサブカルチャーはあれど、資料集だったら読みたいし持っていたいこともある。
けれどグッズは別に欲しくはない、そういうタイプですね。

それでも異様に片づけたい時がある=棚卸しの時期

そういう時は物理的に部屋が汚れているわけではないのだけど、おそらく気持ちや人生の棚卸しのような周期として片づけの衝動が湧いているように感じています。

これはまさに断捨離の本にあった、心の中にあるモヤモヤや問題よりも、先に物理的な方面から手をつけていこうの衝動でしょうか。
心と自分の物質的な部屋の連動を感じるところですね。

そのように唐突に片づけをしたくなったとしても、粗大ゴミ袋で捨てるほどの物は出てこないんですけど、自分の部屋の物を再確認チェックして手をつけていたりしますね。
面白いことに、その都度その都度もう十分片づけたと感じているはずなのに、毎回少なくとも何かしらは出てきます。

「断捨離」と「ときめき」の概要

片づけで有名といえば「断捨離」や「ときめき」などの教えでしょうか。
ざっくりと概要をかいつまむと下記のような内容です。

【断捨離】
やましたひでこさんの提唱する方法。
元々はヨガの教えから。ですが今は片づけに関連した言葉と思い浮かぶ方が多いかもしれません。 断:入ってくる不要な物を断つ。
捨:家にずっとある不要な物を捨てる。
離:物への執着から離れる。

何でもかんでも手放して捨てろというのではなく、
物の執着から離れて快適な暮らしにするのが目的です。

【ときめき】
こんまりこと近藤麻理恵さんの提唱する方法。
ズバリ「ときめくかどうか」で残すかを決める。ご本人は片づけ・収納が好きなタイプだったので、使いやすい収納関連の工夫の情報もありますね。
好きでいろいろ試してきた楽しい雰囲気が伝わってくるのがちょっとかわいいと思います。

このお二方はまったく違うところからはじまって、自分にとっての今必要で大好きなものを手元に残そうとした結果、同じところに行き着いたのが面白いと思ってます。
突き詰めて辿り着く真実というものは同じなのかもしれません。



実際の体験談・順番にやったこと

初心者向け:はじめに手をつけるなら?

人によって大きい部分から一気に片づけ祭を開催するのか、
日々の中ちょっとずつ進めていくのかは取れる時間や進め方にそれぞれだと思います。

どっちもそれぞれメリットはあると思います。
特に細かいものに手をつけているときは減ってる気がしないこともあるかもしれませんが、とりあえず、やればやっただけ進みはするのは確かです。
片づいた感を味わいモチベを高めたいなら、大きめなものから手をつけていって、手放すのもひとつの手でしょうか。

思い出補正が入ってしまう本や雑貨は判断が難しいから後回しとして、
最初は衣類から手をつけるのをオススメされている場合が多いようです。

実例:タンスと本棚

実際に私が片づけ祭をしたときに、どのように進めていたかの話。

最初に片付けの衝動が湧いた時に、私は大きい部分から手をつけまして。
タンスと本棚を部屋から見えないようにしました。

唐突に「この部屋にこれは必要だろうか」と思いはじめたんですね。
黒系の重い色をしている本棚が部屋に存在することで圧迫感があるなと思ったのと、タンスにメリットを感じなかったためです。
(ちなみに、本棚それ自体は気に入っていますよ)

タンスというものはどうしても着ない服が下に入ってしまうし、そもそもこの出し入れするのがめんどくさい。
また、自分で買った新品のタンスというわけではなく、家族のものをそのまま使っていまして。
まあ質の良い新しいものというのではなかったので、引き出しがギシギシして、スムーズに開くわけではなかったというのもありますね。デザイン自体も別に好みでも何でもなかった。

そこで思ったのが、タンスを入れていたクローゼットからタンスを処分して、そのクローゼットの中に本棚を入れてしまえばいいのではないかと。
ということで実際にやったことで、視界の範囲からは本棚が丸ごと消えて大変部屋がすっきりしました。

家具関連は特に気軽に動かすということができないので、なくなることでこんなに違ったんだなと実感できるのがよかったですね。
これは片づけ祭のような大規模な進め方をする時の、ビフォーアフター・急激な変化のすっきり感をここで味わうことができたのかなと思います。

その後も細かい文具などいろいろと、今も今後も使わないだろうなというものを徐々に処分して現在に至ります。

中級者向け(好みの厳選)

片付けが進むと、やっぱり物の総量が分かることで、自分自身のことに気がつくメリットがあります。

茶色やアースカラーなどが別に好きではないのにそういうの意外と持ってたんだなとか。
自分自身の好みとは別に、なんとなくの流れでもらったものを使っていたんだなとか。
自分の所持品なのにそんなに自分の好みで選んでなかったなぁということに気がついてしまうんですね。

そうなったら、次は好みで選んで行くフェイズになります。
ここに来ると段階が一つ上がったなと感じると思います。
いるかいらないかという判断で処分していたところを、好みかどうかっていうところでの判断になる。

ときめきの本は最初から自分が好きかどうかで選んでいくっていうのは大事にしているのですけど、感覚が麻痺していると自分が何が好きなのかは正確に判断できないことがあるんですね。

自分が好きだと思っていたことも、過去好きだったからそのまま好きだと思い込んでいたり
以前の価値観をそのまま持っていた場合も少なからずあります。

そういうのをはっきりさせる意味でも、やっぱり物の総量を減らすのはひとつプロセスとしてやった方が良いのではないかというところですね。
発見があったり、見えてくるものがあるとなかなか楽しくなってくると思います。

大規模厳選と心のタイミング(引っ越しと遺品整理)

遺品整理などの引越しや遺品整理などの大規模のものになった場合、
他者の手を借りたり、業者の手を借りることになる場合もあると思います。
今まで何度も引っ越したけど、あえて手をつけないでおいた部分も、今回は手をつけようとなったりすることもある。

片付けが億劫だったり手放しがたい固定観念があるところを、片づけ推奨本ではそれでも「えいや!」と手放しでしまえという風に話が進みがちです。
一方で、どうも自分の中でしっくりくるタイミングというのがやっぱりあるわけで。

自分の気に入ったものというわけではないけど、どことなく手放しにくかったものが、ある時になれば自然と手放せるようになったりする。
そういうタイミングを待つのも、スペースと自分の心の猶予は許すならそれはそれでいいのではないかなと思っています。

体験話

続・タンスと本棚:服の収納

ここからちょっとイレギュラーな話が入りますが、タンスの処分してその服をどこにやったのかという話。

服もそんなに種類を多く所持しているタイプではないので、タンスに入れていた服は主にトップス、ボトムスなどになります。
(コートなどの長いものは別でクローゼットにハンガーでかけていた)

これらを本棚の空いてるスペースに本のように縦に折りたたんで入れていった。
そうすることで自分の持っている衣服の総量が一目でわかる

ときめきの本でも断捨離の本でも、服は縦に立たせるように畳んで収納するのをオススメする記載があるのですが、それを実際本のように行った形です。
その際に色がグラデーションになるように置くとなかなかテンションがあがります。
この色ばっかり持ってるなといったこともパッと見てわかるようになります。

人によっては本棚をそういう使い方するのは「えっ」てなる人もいると思うので、私の場合はそうしているという話ですね。
私は元々書籍もとても気に入って特別好きな数冊の本と資料集など資料価値のあるものは残しておくけれど、情報として読み終わってもう活用しない本はどんどん手放していく方です。
なので常に本棚がいっぱいになっているタイプではないです。

ということで、本棚の一部を服を見やすく取りやすく入れるスペースとして活用できたのでした。

片づけてはじめて目に付くものがある

片付けをしていてちょっと面白いなと思った事の一つなのですが。
どんなにその時その時の目線で十分にここは片付いたと判断しても、片付いた後また見てみると「なんでハサミ2本もあるんだろう」と気づくことがあるんですよね。

逆を言うと、これで片付いたと思った時には、2本目のハサミが存在していることに違和感を覚えていなかったということ。認知していなかった。
この辺りが片付けることでどんどん目に入るようになってくる。
自分が当たり前に過ごしていた部屋なのに、意識していない部分があった。
そう物理的に気が付いていくところがちょっと面白かったところです。

なので片付けが一旦済んだと思っても、何かの拍子にまた片付けたいなと感じた時に一通り全部見渡してチェックしてみると、
「なんでこれがまだあったんだろう」というものは往々にして出てくるじゃないかなと思います。

片づけのよかったこと・メリット、好ましいところ

二度とそれに煩わされなくて済む

私が感じる、片づけ自体の好きなところやメリットについて。
処分したものに対してはもう二度とエネルギーを割かなくていいところです。
これは収納ではなく処分した場合ですね。
この「もう二度とやらなくていい」っていうところが私は非常に好きでして。
二度とそれに煩わされなくて済むのがいい。

どうも記憶というものは、本人は覚えていなくても頭の中には記憶喪失になろうと物忘れしたと思っても、実は頭の中自体にはかなり綿密に残っているらしい。
部屋の中にも頭の中にもあり続けたものが減って軽くなる。
ちょっとでもすっきりするというのはなかなか悪くないなと思うわけです。

モノと時間軸を意識できるようになる

物の賞味期限…時間軸を意識するようになる。
食べ物じゃなくても、物には賞味期限があると考えて見てみると、切れているだろうなと感じるものはたくさんある。

「今使うかどうか」というこの今現在の時間軸、断捨離で物との向き合い方で考え方の一つ。

「過去の価値観を持ち続けていないか」
「未来への不安で不要な備蓄を蓄えていないか」といった観点ですね。
今現在を焦点に当てた時は本当に必要なものってそう多くはないです。

自分の過去・現在・未来を好きになる

一方で、片づけが進み、今現在の本当の好き嫌いや自分にとっての大事なものがわかってくるに従って、現在ばかりではないなということに気付いてくることもあります。
自分が積み上げてきた歩みや過去があったり、逆に未来の投資にもなるという目線もあるわけです。

現在に必要なものではないからと言って全て捨てる必要はない。
それが自分にとってのプラスになるか、自分を喜ばせるためのものであるかどうか。それがやっぱり大事になってくる。
不安が動機になる物は処分した方がいいっていうのも間違いないんですけども、不安を埋めるためのものではなくて、自分にとって価値のある投資であるならば、それはあった方がいい。

でも、このように自分の歩んできた過去の道を大事にできるようになったり、未来に楽しい想像ができるようになったりするのも、やはり今現在が整理されてからこそできるようになるものだと思います。
いつだって、自分が快適に過ごせるようにしたいですね。

これはなかなか厳しい話ではあるのですけど、結局のところその判断をできるのは自分自身だけです。
誰かにもらったものがたくさん置いてあったりするかもしれないけれど、
片付けの得意な人に任せたりもできるかもしれないけれど。
「自分にとって、それが好きなのか、ときめくものなのか」
そういった判断ができるのは他でもない自分自身だけなので。誰かに委任するものでもないわけです。

おわりに

最初はなかなか億劫かもしれませんが、ちょっとずつでも一気でも、必要だなと感じた時に片付けは進めていきたいものです。
片付けによって得られる発見も、自分の気づいていなかった部分を知る機会。これもまたなかなか楽しいものなので!



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